作曲家は、あらゆる場面で対比を計算・計画します。作品をデザインするための不可欠な要素です。音の強弱による対比、音価、和声の密度・透明度等々、あらゆる成分が対比の対象です。
対比と対照を厳格に区別して考えることは止めましょう。敢えて言うなら、Exs.16-2の譜例中に見られるスタッカートとレガートの要素に関しては対比と言い、主要主題と副主題の異なる性格に関しては対照と言うように使っています。
A+Bの二部形式の「小さな嘆き」を対比の観点から考えてみましょう。Aの旋律(Exs.16-1)は2分音符(厳密には+8分音符)と8分音符で作られています。音価の比率は1対4。左手の伴奏は16分音符ですから、旋律との比率は1対8です。音価の比率が大きいものほど、劇的になる傾向があります。
「小さな嘆き」の冒頭部の演奏について、ピアノは弾いた直後から音量が減衰しますから、旋律が伴奏の16分音符にかき消されないように注意します。伴奏の16分音符の上に旋律の「レ」の音を浮かべるように意識して響かせてください。「レ」の音がよく延びるでしょう。ピアノって良く出来た楽器ですね。演奏する人の気持ちにぴたりと追随してくれます。
そして、音価の比率が高いと、各声部が分離して両方が聞こえ易いという効果もあります。左手の音型fも、弱奏でも明瞭に聞こえますよ。さらに、人は聴こうと意識した音を最後まで追い続ける性質がありますから、最初の「レ」への感情移入があれば、響きを豊かに持続させられるのですね。
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次に、Bの最初の2小節間(t.9から10)を見てみましょう。両手が合同して8分音符で通しています。この部分では、最初の小節にはスタッカートが、次の小節にはレガートがありアーティキュレーションの対比があります。また、主要大楽節Aとの楽想の対照は鮮明です(Exs.16-2)。
t.11,12で3度上がりのゼクエンツによって高揚し高音域だけの音響になり、t.13の低音の出現を効果的にしています。
t.13の両手声部間の乖離は、内向し混乱した精神状態を暗示するものです。左手声部の伴奏形は音型f(t.1)の後半が省略して変形し、曲の冒頭のものとは違う性格を帯び、小刻みに震える心を表します。この音型はむしろ内向的に切迫した表現になるでしょう。左手のフォルテ指示はアジタートとイメージして、両声部の音程が徐々に接近することに留意し、最後の2小節で内省的に統合していく様子が伝えられるといいですね。