病気のお人形は、最後に悲劇の結末を迎えます。楽譜のあらゆる情報から作曲者の意図を読み取り表現して下さい。
大楽節 t.1〜35
前楽節 t.1〜16
後楽節 t.17〜35 (t.35は後楽節の終りであり、コーダの開始小節です)
コーダ t.35〜42
Exs.06-1 は、第6曲「病気のお人形」の前楽節です。冒頭の上声4小節の、休符で流れを阻止された下行する音形 m-1 は、北欧の民謡に由来するものでしょう。グリーグのピアノコンツェルトを思い起こさせます。
バスの弓状の音形 m-2 は、次に続く「人形のお葬式 」と「新しいお人形 」に継承される、人形を表すモティーフとして扱われます。ライトモティーフ(示導動機)と言われるものです。
後楽節(t.17〜)では、バスが上行して張り詰めた音響になります。
Exs.06-2は、後楽節後半t.25から最後までです。8小節単位で楽節が構成されているので、31小節で完全終止したかに見えますが、曲はt.31から、にわかにドラマティックな展開をします。
詳しく見てみます。完全終止したかに見えたt.31で突然 mf になり、クレッシェンドしてt.32のサブドミナンテに向かいます。t.33からエコー反復します。t.35で完全に終止して、同じ小節からコーダに入ります。t.31〜34の4小節間は挿入され、終止が延長されていることが分かります。変格終止の4小節が挿入されているのです。
楽譜の指示通りのデュナーミクで演奏すれば、この延長がいかに重大なことを表現しているかきっと納得できます。
終止の箇所は、いつでも読み解くことが難しいものです。そして、読み方が変われば意味が変わってしまうこともあります。(フレーズから次フレーズの繋ぎについては、こちらを参照)
そうして見ると、t.32のバスがIVの付加四六和音の第1転回形ということも気になります。
そこでExs.06-3のように原曲をa)のように基本形に書き換えてみました。または、少し原曲に近づけてb)のように。
これらを比較してみれば、原曲の持つ独特な緊張感がより鮮明に感じられるのではないでしょうか。
コーダ(t.35から)は、拡張されたお人形のモティーフm-2によって締め括られ、葬送に流れ込みます。
デュナーミクは音楽表現の重要な要素です。デュナーミクをコントロールすれば、あたかも消えてしまうろうそくの光の姿を音で描き出します。消え去る直前に出す僅かに強い光を含めて。
しかし、実際にピアノ演奏でデュナーミクをコントロールことは難しいです。その原因の一つは相対的な音楽記号で記譜されていることにもありそうです。そこで、次のような提案をします。
提案は、強弱レベルを0からpp p mp mf f ff の7段階程度に数値化してみることです。試みに「病気のお人形」の t.25からのデュナーミクを最適に表現するために、グラフ化した楽譜の一例を挙げておきます。
Exs.06-4で、強弱レベルを0から7までとして強さの推移を実線で示しています。実線に示した番号①から⑧の順に注意点を略記します。
①〜② t.25は直前まで f で推移していました。dim. がありますから漸減するのですが、いきなりではなく、t.26での強い不協和音を過ぎた頃をポイントとして減衰します。不協和度の強い和音にはアゴーギクやデュナーミクに作用することが多いものです。t.28までバスが半音上行進行している点も考慮して、計画的にdim.開始ポイントを定めましょう。
③〜④ t.30で可能な弱音(pp)まで減衰したら、t.31でsubito mf にするのですが、あまり強く始めすぎると次のcrescendoが明瞭な音量変化で表現できません。バスのG音の音量には、慎重な検討が必要です。
④〜⑤ ピアノでは弾いた後にcrescendoは出来ませんが、t.32の後拍に向かって段差なく増大するイメージが必要です。オーケストラの指揮者になった気持ちで演奏して下さい。
⑤〜⑥ t.33〜34はt.31〜32のエコー反復です。subito p と控えめなcrescendoで。
⑦〜⑧ subito pp です。⑧はコーダの開始小節としてのニュアンスも含めた表現で。