第2曲「冬の朝」は、全体が抽象画の雰囲気を醸し出しています。音楽の様々な要素が「ぼかし」技法で書かれています。「ぼかし」の在り方を中心に分析し、北国の冬の朝靄と静寂で澄み渡る空気と光などが描かれていることを確認します。
主要大楽節 A t.1〜16
前楽節 t.1〜8
後楽節 t.9〜16
中間大楽節 B t.17〜32
前楽節 t.17〜24
後楽節 t.25〜32
ブリッジ・フレーズ t.33〜40
主要大楽節 A t.41〜56
前楽節 t.41〜48
後楽節 t.49〜56
コーダ(結尾) t.57〜64
第2曲「冬の朝」は、空気感を表出するために、様々な要素がぼかされています。
Exs.02-1 は、第2曲「冬の朝」の主要大楽節Aです。冒頭はD-durで開始されますが、調性感は乏しいです。調をぼかすために終止形や終止が決定的になることを避けているためです。後楽節t.13〜16にかけてやっとh-mollの終止形が見えますが、決定的ではありません。本来、終止は基本形で書かれるものですが、t.13および t.15の属和音は基本形でなく、完全終止としての明瞭さがありません。
ぼかしは、和音に対しても働いています。冒頭の和音はD-durの属和音で、バスのEs音は、第5音が下行変位した音です。より柔らかい音質に感じます。t.2のB音はd-moll 由来の音です。短調を借用することによって音色の柔和さが増しています。
t.1からt.4までの4小節の根幹となるものは前打音(アポジャトゥーラ)を伴ったD-dur の主和音であり、主要大楽節Aの全体を要約すれば、Exs.02-2のようになります。
しかし、大切なことは、根幹部分以外のもの、つまりここでは前打音やそれが集積してできた和音が持つ独特の響きこそがこの作品の本質部分であるということです。
第1小節は、アプツーク(Abzug)奏法を意識した表現を試みましょう。アプツーク奏法は、前打音(1拍目)と本音(2拍目)を演奏する時に、前打音に適度なアクセントを置き、繋げて弱奏で本音を奏します。この場合、本音は指を鍵盤に置くようなイメージで。
中間部B (Exs.02-3)は、上声部にジプシー音階を思わせる下行する音列が現れ、ようやく主題が姿を現したと思えるのもつかの間、幻影のように反復を繰り返します。
中間大楽節Bの本体部分の後、t.33からは、Aに再現するためのブリッジ・フレーズ(架橋句 / 経過)です。この部分は和声の変化が大きく、一部を除いてパッシング・ドミナントと下行変位音で経過しますから、調的には不安定です。
曲はこの後Aに再現し、t.53〜56でh-mollの終止が明瞭に示されます。
コーダは主音保続上に変格終止が繰り返されます。t.57の「IV度の付加6の和音」の根音は上行変位(Eis音)しています。
以上のようにこの曲は、あらゆる要素をぼかして表現しているため、楽節区分があっても段落がくっきりとはしないよう意図されています。Bのジプシー音階の部分でも、新たな展開の開始と捉えずAで醸成したかすんだ空気の遠い先に氷の結晶のような何かが見える、というような表出が叶っているように思われます。
変位音は、変化音や変質音とも言われていて、各々の用語が同じ意味で使用されているかは他に譲って、どのようなものかを説明します。
a-mollの短音階の第7音(G音)は、導音として主音に進むために半音高められます(Gis音)。
主音を磁石と考えると、全音の幅(G→A音)では磁石の力が及ばないけど、半音の幅(Gis→A音)になると、引き寄せる力がとても強力になる現象をイメージしてください。目的の音に半音で到達させることを「導音進行」と言います。
譜例Exs.02-4-1のa)の進行をb)のようにすれば下行導音進行ができます。このようにして変化した音が変位音です。
下行変位した音は、目的を持って下行変位したのだから、半音下行して目的を達します。
以上が変位音のおおよそのイメージです。変位音は旋律進行の中で現れる場合と和音構成音として使用される場合がありますが、和音に限定して説明します。
長3度がある和音(例えば長三和音、属七の和音等)の第5音は変位しても和音の機能は変わりません。
譜例Exs.02-4-2のa) とb) では、C-durの主和音の第5音を上行、下行に変位しても主和音であることに変わりありません。
因みに c) の例のように根音を半音変化させると、違う調の和音になってしまいますし、第3音を下行すると短三和音(この場合c-moll)になってしまいますから、変位できません。
変位和音としてよく使われるのは主和音の第5音上行変位、属和音の第5音下行変位です。
和音構成音の一つ以上の音を半音上行または下行しても和音本来の機能が変わらなければ変位和音ですから、ロマン派以降の作曲家は多用するようになりました。
Exs.02-4-4のa) は、属九和音の下行変位と上行変位が主和音に解決するもの。b) では、IVの和音に付加した第6音が上行変位した例。このように、変位和音は作曲者が新たな装いを求めて自分流の和音を作りやすい、という側面があるかもしれません。
ここは、完全終止して主音が保続されています。その上声に置かれたサブドミナンテ(IV)からトニックへの進行におけるIVの和音は偶成和音です。偶成和音であるため、IV和音の根音E が主音に進行する必要はありませんから、通常ではない根音の上行変位という形が可能となったわけです。が、作曲者は経過音としてEis音を挟んだ、という感覚でしょう。
それにしても、Eis音の上行する声部は不可思議で、雪に覆われた所から頭をもたげてくるような生命力溢れた魅力的な進行ですね。