三部形式
アインガング t.1
A t.2〜17
a t.2〜17 (t.10〜17繰り返し)
B t.18〜33
A t.33〜49
コーダ t.50〜57
Exs.09-1 は、第8曲「新しいお人形」の主要大楽節です。冒頭1小節のアインガングがあり、t.2のアウフタクトから主要大楽節が開始されています。左手声部にお人形のライトモティーフが確認できます。メロディーも同様に追随しています。
中間大楽節Bは、4小節単位で、
t.18〜21 c-moll →続いて2度上がりのゼクエンツでt.22〜25 d-moll
t.26〜29 c-moll →続いて2度下がりのゼクエンツでt.30〜34 B-dur
と、c-mollを軸に2度上、2度下にゼクエンツし、最終的に主調の主和音で終わり、大楽節Aに再現します。大楽節Aが属和音で始まっているための工夫でもあります。
Exs.09-2は、中間大楽節全体の骨格です。
再現した大楽節Aのt.42 に着目してください。
最初に提示された大楽節Aは、単純に8小節を繰り返したものでした。t.42はt.10に対応する部分です。バスのAs音が呼び水となってサブドミナンテを強調し、「これで終わるよ」と、終止への予感を確かなものにします。
前打音をまとめるためには、少々長い前振りが必要です。
前打音は、本音の前に付けられた装飾音です。装飾音が音楽に果たす役割の大きさについては論を待たないですが、その装飾音の中で最も重要なのが前打音ではないでしょうか。
Exs.09-4で、a)は、本音の前に小音符で「長前打音」が付いています。長前打音はバロック音楽時代の記譜法です。奏法は b ) に示したのように、本音の音価の中から長前打音で指定された長さを奏し、残りを本音に充てます。長前打音は本音の飾りの音なので、あたかも、頭に付けたリボンのように奏法上も離れないようにします。そのために、長前打音の後、本音は弱い音で奏される時があります。このような奏法をアプツークと言います。
長前打音は奏法通り記譜すればよいので、現代の楽譜には使われません。
一方、短前打音c)は本音の音価と無関係に付けられる装飾音符です。d)のようにも、拍点の前に奏すことも自由です。長前打音と短前打音は、本音を飾るという点では同じですが、長前打音だけが現代の楽譜から消えた理由は、なぜでしょう。時代背景からみてみます。
バロック時代の音楽は「通奏低音」の時代と言われ、数字つき低音と旋律が書かれた楽譜によっていました。通奏低音では、低音に数字がつき、Exs.09-5のa)のような記譜をしていました。バスに「6」と書かれた数字は、低音F音から6度音程の音(D音)を重ねる、という意味です。慣れてくると「6」は第1転回形と分かるようになります。
a)は長前打音を用いて書いたもの。b)は実際の演奏。c)は伴奏つき。
このとき、1拍目と3拍目の音は非和声音ですから音符を小さく書けば、c) のようなリアリゼーションが容易に、直感的にできます。b)の記譜法より和音構成が分かりやすいです。
通奏低音の書法が下火になってくるに従って、つまり、楽譜を c) のように書くようになって、長前打音を使う意味はなくなってしまいます。
そのような経緯で消えた長前打音は、楽譜の中に本音に混じって入っている、という訳です。
因みに、「新しいお人形」の2小節目から長前打音を使って書いてみたら、バロックスタイルの音楽に見えてきませんか(Exs.09-6)。
さて、本題に入ります。
以上のことから、長前打音と短前打音の役割の違いが浮かび上がってきました。
①短前打音は、本音を生き生きと飾ることを主な目的にして、低音(バス)との音程及びタイミングについて無関係である。
②長前打音は低音に対して不協和な音程であり、緊張状態が生じ、本音への調和が予定された状態である。バスと同一タイミングで開始され、「予定調和」としてのプロセスが装飾の働きをする——と言うことです。
偶成和音と呼んできた和音の中には、長前打音が集積して和音に見えるものもあります。
モーツァルトの作品で、どちらの前打音として処理したら良いか迷った時は、その部分が上記のいずれのエフェクトを求めているのかによって決定すれば良いのです。