第1曲の「朝の祈り」は、終曲の「教会にて」と対になっています。 二つの曲は、次のような共通点があります。
a. 混声四部合唱を模した書式で、両曲ともコーダに長い主音保続があり、オルガンの足鍵盤をイメージさせます。これらの要素から想起されるのは、教会での合唱団によるア・カペラと結尾にオルガンが壮麗に響く様子です。
b. 小節数は多いですが一部形式です。前奏曲と終曲の役割を持って両曲でテーマパークの外堀を作っているのです。
大楽節 t.1〜16
前楽節 t.1〜8 (t.8で半終止)
後楽節 t.9〜16 (t.16で完全終止)
コーダ(結尾) t.17〜24
Exs.01-1 は、第1曲「朝の祈り」の大楽節です。サラバンド(Sarabande)のリズム・モティーフが用いられ 、混声四部合唱を模した書式が特徴です。教会旋法風の和声進行と相まって、敬虔な祈りの描写を感じさせます。
前楽節では、主調G-durから、4小節目で平行調のe-moll に半終止した後、(e-moll) →a-moll→D-dur→G-dur と5度下の近親調の属和音を経過します。このように、連続してドミナンテを経過する進行をパッシング・ドミナンテと言います。パッシング・ドミナンテの部分では確定調を持たないので、浮遊した感覚になります。パッシング・ドミナンテで延長された楽節はt.8で半終止します。
t.9〜16は、t.1〜8に対応した後楽節が置かれています。後楽節のt.12からのパッシング・ドミナンテもt.4〜6と対応しています。t.16で完全終止して16小節の拡大大楽節を閉じます。
重要な作曲技法のひとつに、模倣法があります(こちらもご参照下さい)。模倣の中で、楽句の末尾をそっくり次の楽句の冒頭に使用することを、ここでは「しりとり」と呼びます。言葉遊びのしりとりでは、末尾の音(韻)を使うので、厳密には異なりますが趣旨は似ています。
Exs.01-2は「朝の祈り」のコーダです。Exs.01-1から続いています。
コーダの開始はExs.01-1のt.15〜16の終止のリズム・モティーフと同じものです。明らかにリズム要素だけが「しりとり」の要領で使われています。t.19で更にオクターブ下げて反復します。このような反復を逆エコーと呼びます。
しりとりは二つの異なった楽節を繋ぐための有効な作曲技法です。音楽の区分を明確に分けることと、統一を図ることが出来ます。
よく知られた例では、モーツァルト作曲ピアノソナタK.545の提示部の終止から展開部の冒頭にかけてのしりとりがあります。
また、ベートーヴェン作曲ピアノソナタの第1楽章の提示部の終止から展開部の冒頭にかけてのしりとりの例を中期頃までの作品から挙げれば、
作品10-2 F-dur(第6番) 作品10-3 D-dur (第7番) 作品22 B-dur(第11番)
作品49-1 g-moll (第19番) 作品53 C-dur (第21番)等々枚挙にいとまがありません。
コーダは結尾とも言われ、本体部分が終わった後に置かれます。コーダであるかは、その先の新たな進展の有無で判断できます。つまり「終わりだ、終わりだ」と繰り返す、新たな展開のない楽句はコーダと判断できます。
「朝の祈り」のコーダは「主音保続」によって明示されています。最後まで主音を保続することは、和声的にも新たな展開をしないで主和音領域に留まることを宣言しているからです。
また、2小節単位(t.17〜18とt.19〜20)で変格終止が繰り返されます。これが「終わりだ」を繰り返していることになります。変格終止は「アーメン終止」とも呼ばれています。
t.17の和音はサブドミナンテで、IVの和音に付加した第4音(Fis)と第6音(A)とg-moll 由来のEs音とで成り立っています(短調を借用したIVの付加四六の和音)。左手声部のEs音をサブドミナンテと意識して演奏すると和声感がしっくり収まるでしょう。意識の仕方としては、Es→D音を弾く時、「アーメン」と心で歌ってみましょう。
第1曲の最後(t.24)は、旋律が主和音上の第5音(D)で閉じます。続いていく感覚を残した「不十分終止」です。24ある曲集の最初の作品ですから、「これから楽しいお話が始まるよ・・・」というような雰囲気で演奏するとよいでしょう。
シューマンは「こどもの情景」の第1曲で同じように最後の音を第3音で閉じ、曲が次に続いていく期待感を持たせています。
1. 3拍子の2拍目に重心が少し移動するサラバンドのリズム・モティーフの特徴を意識します。
2. ア・カペラのような演奏をイメージしましょう。
3. パッシング・ドミナンテでは、内声部の半音階的進行にも十分気配りすると、多声的な響きが得られます。
4. 後楽節から少し過ぎた t.12 が起承転結の「転」に相当する頂点部です。デュナーミクはフォルテが指示されていますが、強い音ではなく、豊かな響きで演奏して下さい。この和音はh-mollの属和音の第1転回形です。第1転回形のバランスの取り方と音の方向性には常に気配りしてください。
終止形に関する基本的な説明は略します。
「終止」は終止形とは異なる概念で「終止のための終止形」です。簡単に言うと、楽節を閉じるところに置かれた和声進行のことで、文章で例えれば句読点に相当します。
大楽節の基本的なかたちは、4小節の前楽節が閉じる部分に「半終止」、後楽節の閉じる部分に「完全終止」が置かれ、全体でひとつのまとまった音楽です。主語と述語をセットにした文章1つ分に相当します。この最小限のまとまりの単位を音楽形式では、一部形式といいます。
「終止」にはT(トニック)、S(サブドミナンテ)、D(ドミナンテ)を使って進行する次のような種類があります。終止は原則として基本形が使われます。
完全終止(〜)→(D)→(T 主和音)
半終止 (〜)→(D 属和音)
偽終止 (D)→(主和音以外のTまたはそれに準じる和音、様々)
変格終止 (S 下属和音)→(T 主和音)
また、完全終止して、
メロディーが主音で終わるものを「十分終止」、
メロディーが主音以外で終わるものを「不十分終止」と言います。「不十分終止」は、半終止に相当します。