ショパンの和声 〜譜読みのための分析
練習曲集作品10から

2. 練習曲 作品10-9 ヘ短調 Etude No.9 f-moll Op.10-9

練習曲 作品10-9 ヘ短調は、3つの部分で構成されています。
主部Aは、t.1〜16で、大楽節。
中間部Bはt.17〜36。
主部Aが t.37で再現。中間部の帰結楽句で使われたフレーズが回想するように、結尾にも使われています。

和声進行の推移が解れば、音型を整理して譜読みし易く感じられるようになるでしょう。

主部A

Exs.01-1は、主部Aです。

主要楽想の16小節間は、主音と上属音が保続(二重保続)しています。二重保続上に旋律と、旋律に追随してかすかな和声変化の綾を作り出す重要な内声とが寄り添っていて、浮遊した状態です。
主旋律は冒頭休符で始まり、上昇する旋律線の勢いを阻もうとする「阻止されたリズム」の特徴を有しています。旋律音符にスタッカートとスラーを足した「ポルタート」が、作者の意図を明示しています。

t.8 は、主和音( I )ですが、ces及びdes は「ド」の変位音です。c-moll属9の和音の第5音が下行変位したと認識出来る偶成和音です。偶成和音によって、偽終止感が生ずること、旋律が主和音の第3音で不十分終止していることと合わせて、半終止に相当する段落感があります。
t.16で完全終止していますが、主音が保続されていることに加え、上属和音中(t.15)に導音が含まれないため、終止感は希薄です。
以上のことを図示するため、主部Aの左手パートを要約して記します(Exs.01-2)。

中間部

中間部(副楽節)はt.17〜36です。そのうち、t.17〜24が本体部分です(Exs.02-1)。主部Aの阻止されたリズムによる旋律と比較すると明らかに対照的ですが、共通した音形も見られます。この部分は下属調方向に進み、t.24でdes-moll、t.25でfes-mollに達します。

バスラインに着目すると、主部で保続された主音から始まり、「ファ−ミ−レ−ド−シ−ラ−」と順次下行していることがわかります。

t.25からt.29までは、帰結楽句へのブリッジです(Exs.02-2)。


t.25で「bbラ」まで進み、fes-mollに達しますが、このような調は調号を用いては書けず、五度圏内には、存在しません。

「五度圏外調」について

五度圏外調について述べる前に五度圏について・・・、
「ド」から「シ」までのピアノ鍵盤の数は黒鍵を含めて12。調はdur(長調)とmoll(短調)があるので、調の数も24存在します。24の各調を時計の文字盤のように環状に並べたものを5度圏と呼びます。
ピアノ鍵盤の最低音の「ド」を弾いてください。「ド」が主音の長調は、C-durです。C-durを 起点として、その完全5度上の「ソ」を主音とする調は「G-dur」。そのまた完全5度上の調「D-dur」というようにして、「シャープ # 」が増え、「シャープ # 」が6個付く調はFis-durです。「ド」から一番遠いキー(ピアノ鍵盤)です。
更に、同様に進めるためにFis-durの異名同音調のGes-durに読み替えて、「フラット b 」6個から順にフラットをひとつずつ減じていくと、最後には鍵盤の最高音の「ド」に到達します。
このことを、時計の文字盤でイメージすれば、C-durを12時の位置として、G-durは1時。6時のところにFis-durとGes-durがあります。つまり、Fis-durとGes-durは共にシャープかフラット6つの異名同音調です。
では、何個までシャープの調で書けるか、答えは7個です。つまり、Cis-durはシャープ7個で、7個の白鍵全てにシャープがつく調で、その先の調は理論的に調号として書くことはできません。
この時計の文字盤のように配列された調の輪を五度圏と呼びます。

ショパンのこの作品では、フラット4つの調(時計の文字盤で8時相当)で始まり、やがて6時(es-mll/Ges-dur)まで進んだ後、1時、2時の調までもフラット系で書き貫いたのです。
曲中に経過する調としてfes-mollを臨時記号を用いて書くことは可能ですが、五度圏には存在しない調です。このような調を「五度圏外調」と呼ぶことにします。

そこで、t.25からの流れを異名同音変換して記述してみます。

Exs.02-3のように、25小節目の和音①を読み替えると、h-mollの減7の和音② つまり、e-mollのドッペル・ドミナンテです。この和音は③t.28のf-mollの減7の和音と同じです。
さらに、t.26では、F-durの属7にみえる和音④ を経由し、t.27は、t.25と同じ和音。t.28は、f-mollの減7の和音です。
バス・ラインは「ソーラーシードーレ(異名同音で読み替える)」と 「ド」の周辺をうねり、帰結楽句の属音「ド」を目指しています。

以上を整理すると、t.25〜28は、ほぼ同一の減7の和音を読み替えたものです。25小節からの「五度圏外調」を異名同音で書き換えたものを示します(Exs.02-4)。

t.29からの帰結楽句は(Exs.02-5)、主部Aの再現を促す楽句です。属音を保続しています。IV から V の和音で終止のための動機がエコー反復します。
t.37で主部Aに再現します。

再現Aと結尾

Exs.03-1 は、t.49から最後までです。Aは途中から展開して、切れ目無く結尾に向かいます。


t.49,50とt.51,52は、和声的な2度上がりのゼクエンツです。2度上がっていくゼクエンツは、高揚していくための定石です。上声と内声のメロディーラインが入れ替わっています。

t.53からの頂点に向かう4小節間は和音変化無しで進みます。ペダルの効果を生かして一気に飽和音響に達するフレーズです。

t.57からは帰結楽句で使われた動機が回想され、変終止します。t57の「ソ」もt.59の「ミ」も「ファ」の前打音ですが、t.59の方は、サブドミナンテの付加4(「ミ」)として、柔らかい導音機能が意識されています。いずれにしても、この部分は全体の結尾(コーダ)であり、「ソーファーミーファ」と「ファ」の周りを揺れてながら減衰しています。
t.63では、「ミーファーソーファ」に勢いがついて「ミーファーソーラーシーラー(ソ)ーファ」となります。
t.63の旋律に「ラ」を含んでいるため属13の和音のように見えますが、次に進むべき「ソ」が省略された旋律です。また、ショパンはしばしば、属7の和音の構成音中にこの音を好んで加えます。

まとめ

曲全体が単純なバスラインに基づく明確な楽節構成です。Exs.03-2 に全体を要約したものを示します。

また、確定度の高い完全終止を避け、属7の和音であっても導音を省略した終止や、導音から主音に向かう終止旋律であっても、和音はサブドミナンテからトニックへ進行しているなどで、浮遊感と一体感あふれる楽想を作り上げています。

ショパンの和声
▼INDEX
はじめに
1. 練習曲 作品10-3  ホ長調 Chopin/Etude E-dur Op10-3
2. 練習曲 作品10-9  ヘ短調 Chopin/Etude f-moll Op10-9
3. 練習曲 作品10-12 ハ短調 Chopin/Etude c-moll Op10-12