ショパンの和声 〜譜読みのための分析
練習曲集作品10から

1. 練習曲 作品10-3 ホ長調 「別れの曲」 Etude No.3 E-dur Op.10-3

練習曲 作品10-3 ホ長調は、「別れの曲」という名で広く知られています。
3つの部分で構成されています。
主部Aは、t.1〜21まで。ひとつの拡大大楽節です。
中間部Bはt.22〜61。
t.62から主部Aが再現されます。
単純な和声進行によって書かれた、魅力的な旋律線を有する作品です。

主部A

Exs.01-1は、主部Aの全体です。21小節の長さを持つ、ひとつの拡大大楽節で構成されます。

そのうち、前楽節はt.8までで、半終止します。ここでは、主和音(I)と属和音(V7)とが繰り返される前半部分と、借用和音が用いられ、らせん状にt.8の「シ」に進む後半との、ふたつの部分によっていて、不正規な楽節構造です。13小節に及ぶ後楽節はさらに不正規です。単純な和声進行による、大胆で繊細な旋律表現は、ベートーヴェンがみたら、絶句したかもしれませんね。

ちなみに、ショパンが23才のとき発表した「別れの曲」は作品番号10-3。片やベートーヴェンは、次のようなメロディーで開始される(Exs.01-2)ピアノソナタ作品13「悲愴」の第2楽章を28才のとき書いています。

これら二つの作品は、作曲者各々の個性が鮮やかで、ポピュラーな名曲として知られていますが、共通していることは、楽節が起承転結のように進むのではなく、音符が次の音符を育て自然に延びていく感じの旋律線の柔軟性です。
主和音(I)と属和音(V7)とが繰り返される単純な和声進行を軸に書かれているとは思えないような柔和な響きではないでしょうか。

そこで、ショパンの冒頭の旋律(Exs.01-3)について、詳しく見ます。

前楽節は8小節ありますが、4小節+4小節ではありません。t.1〜2の音形がt.4〜5で追懐するように繰り返され、延長の結果、前半は5小節。逆に、後半は省略して3小節で閉じているので、歪んでいて正規構造ではありません。しかし、そのことに気づかないくらい自然に、「つる」植物のようにしなやかに、下の「シ」からオクターブ上の「シ」まで上昇しています。
この8小節の旋律が5小節+3小節の歪んだ楽節であると分析しても、演奏では、だからこそ、8小節全体を繋がったひとつの生き物のように表出したいものです。そうすることで、ここまでの8小節は前楽節であり、半段落の後、後楽節へと自然な流れが作られます。

t.17で、1度の第2転回形となり、主部Aの最高音に到達します。そのあとの和声進行は見事です。3度下がりのゼクエンツによって、偽終止から変終止し、限りなく終止感を薄め、徐々に消え去ります。

中間部と主部の再現

中間部はt.22〜で、次のように始められます(Exs.02-1)。

中間部は、2度上がりのゼクエンツが有効に使われ、徐々にアジタートする楽想です。Exs.02-2はこの間の和声進行を要約したものです。

中間部16小節間の本体部分は、8小節+8小節で、2度上がりのゼクエンツを2種続けることで緊張感を高め、その間、原調の上属調(H-dur)と平行調(cis-moll)を経過し、帰結楽句へと繋がって行きます。調的にも、主部と中間部との関係をしっかりと見据えた計画性のある配置です。その結果、全体は調和的であり、対照効果も自然です。2度上がっていくゼクエンツは、高揚していくための定石です。

帰結楽句とは
ソナタ形式の展開の主要部と、主題再現(再現部)を繋ぐための「橋=ブリッジ・フレーズ」に相当する楽句のことを、帰結楽句と呼びます。帰結楽句では、一般的に属音が保続されます。
この作品はソナタ形式ではありませんが、楽句の性格上、帰結楽句と呼びます。

t.38からは帰結楽句(t.42〜61)へのブリッジです。

t.42で属音保続を開始し、帰結楽句になります。なお、楽譜には現れていないけれど、属音はt.61まで、再現する前まで切れ目無く続いています。例えばt.43で、e-moll : II7 の和音になるのは、属和音保続の補強のためです。

t.46からは、属音保続の上に減7和音が連続します。減7和音の連用は、調を特定できない状態になります。
Exs.02-3は、t.46〜54冒頭までの和声進行を要約しています。要約譜の上声部に付けたスラーは、フレーズスラーではなく、同一和音群を表しています。その和音を下声部に要約記譜しました。要約音符群の上にはⅠ6分音符を1としたときの数を示しています。和音が変化することによって起きる抑揚と、旋律線が持つ抑揚との関係、さらに小節固有の抑揚も含めて、それらすべてがずれていることに着目して下さい。調感も拍感も浮遊した状態が保続音によって支えられ、ゲネラルアウフタクトに似た効果を得ているのです。

t.62で主部Aが再現されます。途中省略と、最後にフェードアウトする変更があるものの、展開的要素はありません。

ショパンの和声
▼INDEX
はじめに
1. 練習曲 作品10-3  ホ長調 Chopin/Etude E-dur Op10-3
2. 練習曲 作品10-9  ヘ短調 Chopin/Etude f-moll Op10-9
3. 練習曲 作品10-12 ハ短調 Chopin/Etude c-moll Op10-12